東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10288号 判決 1977年6月27日
原告
国生スズ
ほか三名
被告
岩沢友幸
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告国生スズに対し金一二七二万六〇六九円、原告国生虎護に対し金九六万円、原告三谷昌平に対し金九六万円、原告三谷八重子に対し金九六万円および右各金員に対する昭和四六年八月一三日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決第一項は、かりに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
(一) 被告らは各自原告国生スズに対し金五七九一万〇一八七円、原告国生虎護に対し金二四〇万、原告三谷昌平に対し金三六〇万円、原告三谷八重子に対し金二四〇万円および右各金員に対する昭和四六年八月一三日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二 被告ら
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
原告国生スズ(以下、単に原告スズという。)は、次の交通事故によつて受傷した。
(一) 日時 昭和四六年八月一三日午後三時三〇分頃
(二) 場所 東京都港区赤坂三―一八―八先路上
(三) 加害車 第一種原動機付自転車
右運転者 被告岩沢友幸(以下、単に被告友幸という。)
(四) 被害者 原告スズ
(五) 態様 前記道路を横断中の原告スズに加害車が衝突したもの。
二 責任原因
被告らはそれぞれ次の理由により本件事故によつて受けた原告らの損害を賠償する責任がある。
(一) 被告岩沢貫一(以下、単に被告貫一という。)は加害車を所有しこれを自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条に基づく責任があり、かりにそうでないとしても、昭和四六年八月一六日本件事故について被告友幸とともに全面的に賠償責任を負う旨の約束に基づく責任がある。
(二) 被告友幸は速度違反、片手運転、蛇行運転によるセンターラインオーバー、前方不注視等の過失によつて本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づく責任がある。
三 損害
(一) 原告スズの受傷内容および治療経過
原告スズは、本件事故により頭蓋骨骨折、脳震盪症、顔面挫傷、左上腕骨開放性骨折、左下腿骨骨折、左第四ないし九肋骨骨折、歯牙破折等の傷害を受け、事故直後意識混濁、呼吸困難、血圧下降、シヨツク症状の状態で六本木外科に運びこまれ、強力な点摘補液のうえ当日上腕骨骨折および下腿骨骨折に対する手術を受け、左腕、胸、下腿をギブス固定され、手術後五日位してようやく昏酔状態から覚めたものの一〇日位は危篤状態が続き、点摘注射、輸血等で危機をのりこえ、右六本木外科に前後二回計一三三日間入院したほか慶応大学病院、平井病院、虎の門病院、井上歯科、目白病院等に入通院して治療を受け、さらに、マツサージ、リハビリテーシヨン訓練、治療機(ヘルストロン、サナモア)による治療、漢方薬(寿草)の服用を続けているが、その間に膀胱炎、さらに前記輸血等のために慢性肝臓障害を併発したほか肋骨骨折のために風邪を引きやすくなつてすぐ肺炎を引起し、急性上気道炎、急性気管支炎に悩まされ、左下腿骨折は昭和四七年三月六本木外科に再入院して髄内釘を抜去したものの変形治癒となつて足関節の運動は背屈八〇度、底屈一四〇度、内外反は僅かに可能という状態になり、内屈肢のためひとりで起居、歩行をすることができないので他人の介助が必要となり、左上腕骨骨折は髄内釘を残したままで仮関節を形成し(腰の骨を取つて移植すれば治癒は可能であるが、原告の年齢から右移植手術は不可能とのこと。)、右髄内釘は上腕骨から約一センチメートル上方に突き出しており、左上肢は圧痛、運動痛が著しく運動は全く不能であり、永年の寝たきりの生活のため背中、腰、尻に床ずれができて褥瘡から圧迫潰瘍となり、さらに、前記肝臓障害が肝硬変に進行して腹水生成等末期的症状を呈し、昭和五一年五月一五日肝不全によるアンモニア血症をきたし昏睡状態に陥つて慶応大学病院に入院し、治療の結果危篤状態を乗りこえて同年七月五日退院したが、その後も従前どおり病床に呻吟しながら療養を続けているものである。
(二) 原告スズの損害
1 治療費 三〇三万五七五五円
事故発生時から昭和五一年八月三一日までに原告スズの治療費として一〇六万七七三六円を要したが、原告スズは昭和五一年九月現在七〇歳であり、七〇歳女子の平均余命は一二年であるから、原告スズはなお一二年間にわたつて右五年間の年平均治療費である二一万三五六七円の治療費を要するものと考えられるので、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右治療費の現価を計算すると一九六万八〇一九円となり、これと前記一〇六万七七三六円の合計額三〇三万五七五五円が原告スズの治療費損害である。
2 交通費 九三万四五二二円
事故発生時から昭和五一年八月三一日までに原告スズの入通院のため交通費として一〇万三七〇〇円を要し、近親者である原告三谷八重子(以下、原告八重子という)、原告三谷昌平(以下、原告昌平という。)および原告国生虎護(以下、原告虎護という。)が原告スズの看護をするについて要した交通費の額は原告八重子分が一〇万七八三〇円、原告昌平分が六万七六〇〇円、原告虎護分が四万九五八〇円であるから、右期間中に合計三二万八七一〇円の交通費を要したことになり、これに前同様の計算方法で算出した原告スズの余命である一二年間に要する交通費の現価六〇万五八一二円を加えると九三万四五二二円となる。
3 付添費 一一二二万三九二九円
事故発生時から昭和五一年八月三一日までの間に原告スズの付添看護を依頼した職業付添婦に支払つた付添費(その交通費を含む)は合計二五四万四四〇〇円であるが、職業付添婦を依頼しない日は原告八重子が終日付添つて看護に当つており、右期間中の原告八重子の付添日数は七〇〇日であるから一日当り二〇〇〇円合計一四〇万円の付添損害を蒙つたことになり、これと前記職業付添人に対する支払額二五四万四四〇〇円の合計額三九四万四四〇〇円が前記期間中の総付添費となる。そして、右額に前同様の計算方法で算出した原告スズの余命年数一二年間に要する付添費の現価七二七万九五二九円を加えると一一二二万三九二九円となる。
4 マツサージ費 五三万六九八〇円
事故発生時から昭和五一年八月三一日までの間に原告スズのマツサージ費として四五万三五〇〇円を要しており、これに前同様の計算方法で算出した原告スズの余命年数一二年間に要するマツサージ費の現価八万三四八〇円を加えると五三万六九八〇円となる。
5 医師、看護婦等に対する謝礼 三七〇万六二九一円
事故発生時から昭和五一年八月三一日までの間に、医師、看護婦、付添婦、マツサージ師に対する謝礼、歳暮、中元、心付け等として合計一三〇万三六五五円を出費しており、これに前同様の計算方法で算出した原告スズの余命年数一二年間に要する医師等に対する謝礼の現価二四〇万二六三六円を加えると三七〇万六二九一円となる。
6 雑費 一六一万四六五四円
前記のとおり原告スズは病床に寝たきりであり、この状態は今後も続くものと思われるので、療養中の全期間を入院日数とみなすべきであり、ことに原告スズのように大小便も自分でできない重症の病人の場合紙おむつ代、おむつカバー代等多額の雑費を要し、その額は一日平均五〇〇円を下らないので昭和五一年八月三一日までに要した雑費の額は九二万二〇〇〇円を下らず、これに前同様の計算方法で算出した原告スズの余命年数一二年間に要する雑費の現価六九万二六五四円を加えると一六一万四六五四円となる。
7 家賃収入の減少による損害 五二四万五〇〇〇円
原告ら方の陽当りのよい表二階の部屋を原告スズの病室にあてるためそれまでその部屋を使用していた原告昌平、同八重子の家族が裏の原告虎護、同スズの共有にかかる賃貸アパートの一戸分八畳、六畳、三畳を使用する必要が生じ右部分の賃貸借契約を解除したので、昭和五一年八月三一日までに少くとも右部分の当時の賃料四万五〇〇〇円の四一カ月分、一八四万五〇〇〇円相当の損害を蒙つており、これに前同様の計算方法で算出した原告スズの余命年数一二年間に失うことになる賃料収入の現価三四〇万円を加えると五二四万五〇〇〇円となる。
8 病室改造工事費 六九万五八〇〇円
原告スズの療養のため前記表二階の部屋を病室向きに改造し、その費用として六九万五八〇〇円を要した。
9 逸失利益 一二四八万六四五六円
原告スズは事故当時六五歳で、家事に従事する傍ら和裁によつて収入を得ていたが、本件事故により全く働くことができなくなつた。したがつて、これを損害として評価すべきであるところ、年齢別給与額表によると女子の場合月額七万三二〇〇円が相当であるので、事故時から昭和五一年八月三一日までの六〇カ月の間に右金額を六〇倍した四三九万二〇〇〇円の得べかりし利益を失つたことになり、これに前同様の計算方法で算出した原告スズの余命年数一二年間の逸失利益の現価八〇九万四四五六円を加えると一二四八万六四五六円となる。
10 慰藉料 一九六一万六七〇〇円
前記原告スズの症状からすると自宅療養についても当然入院とみなすべきであるから、事故発生時から昭和五一年八月三一日までの六〇カ月につき一カ月一一万五〇〇〇円の割合による六九〇万の慰藉料が相当であり、これに前同様の計算方法で算出した原告スズの余命年数一二年間に対する慰藉料の現価一二七一万六七〇〇円を加えると一九六一万六七〇〇円となる。
(三) 原告虎護、同昌平、同八重子の損害
1 原告虎護の慰藉料 二〇〇万円
原告虎護は、原告スズの夫として四二年間連れそつてきた妻が前記のように生ける屍と変り果てたことで同人の死にも比すべき精神的苦痛を受けたものであり、これを慰藉するためには控え目にみても二〇〇万円が相当である。
2 原告昌平の慰藉料 三〇〇万円
原告昌平は、原告スズ、同虎護の一人娘である原告八重子と結婚し右両親と同居していたものであるが、原告スズが前記のように生ける屍と変り果てたことで同人の死にも劣らない精神的苦痛を受けたものであり、さらに、健康な唯一人の男手として原告スズの看護、示談交渉、訴訟準備等のために仕事にも支障をきたし、自己の研鑚向上のための時間も奪われたので、勤務先の旭化成株式会社では大卒同期生のトツプで課長に昇進しエリートコースを歩んでいたのに傍係会社にまわされてしまつたものであり、これによる損害の額を計算すると八一八万四〇五五円に達するが、慰藉料として控え目な三〇〇万円を請求する。
3 原告八重子の慰藉料 二〇〇万円
原告八重子は原告スズ、同虎護の一人娘で早稲田大学卒業後東大に研究生として通い、原告昌平と結婚した後はエリート社員の妻として平穏で幸せな日々を過していたのであるが、本件事故により瀕死の重傷にあえぎ生死の境を彷徨する原告スズの枕元に一二三日間の入院中は付きつきりの看護をし、その後自宅療養になつてからも食事その他の身のまわりの世話から排尿、排便の世話に至るまで文字どおり身を粉にして働きどうしの毎日であり、その心身の疲労と原告スズの無惨な姿によつて受けた精神的苦痛は甚大で、事故前五一キログラムあつた原告八重子の体重が四三キログラムまで減少し、自らも自律神経失調症、高血圧、蛋白尿等の症状に悩まされるようになつたことはその心痛が甚大であつたことを物語るものであり、これを慰藉するのに相当な額は少くとも二〇〇万円を下らない。
(四) 弁護士費用 三〇〇万円
原告らは、被告らが前記損害の賠償に誠意を見せず、示談解決することができなかつたので、原告訴訟代理人に本訴を委任せざるを得なくなり、その報酬として原告スズにおいて一六〇万円、原告昌平において六〇万円、原告八重子、同虎護において各四〇万円、合計三〇〇万円の支払を約し同額の債務を負担した。
四 損害の填補
原告スズはこれまでに被告らから合計二七八万二九〇〇円の弁済を受けているので、これを前記損害に充当する。
五 結び
よつて、被告ら各自に対し、原告スズは前記損害の内金五七九一万〇一八七円、原告虎護は二四〇万円、原告昌平は三六〇万円、原告八重子は二四〇万円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四六年八月一三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する被告らの認否および抗弁
一 認否
(一) 請求原因第一項は認める。
(二) 請求原因第二項のうち、被告貫一が加害車を所有していたことは認めるが、その余は否認する。
(三) 請求原因第三項(一)のうち、原告スズが本件事故により頭蓋骨骨折、脳震盪症、左上腕骨開放性骨折、左下腿骨骨折、左第五、六、七肋骨骨折を受けたことは認めるが、その余は不知。なお、肝硬変については本件事故との因果関係を否認する。同(二)の1は四万〇五三〇円の限度で認めるが、その余は否認する。同(二)の2ないし9は否認し10については二六二万円の限度で認め、その余は否認する。同(三)はいずれも否認する。
二 抗弁
(一) 本件事故発生については、原告スズにも横断歩道の設けられていない本件事故現場道路を横断するに当り、道路左方から進行してきた車両が通過した直後に右方から進行してくる車両との安全を確認することなく道路中央線を越えてとび出した過失があるから、過失相殺の主張をする。
(二) 被告貫一は原告スズの入院治療一三三万六七七〇円、付添費三三万〇八二一円を支払つているほか原告スズに対し本件事故の損害賠償として七六万二九〇〇円を支払つており、さらに、原告スズは自賠責保険からも二〇二万円を受領しているから、合計四四五万四九一円の弁済を受けている。
第四抗弁に対する認否
一 抗弁(一)は否認する。
被告友幸は時速七〇ないし八〇キロメートルの速度で片手運転による蛇行運転中に左右の安全を確認したうえ路側帯の区画線から二、三歩センターライン方向に向つて歩みだした原告スズをセンターラインをこえた地点ではねとばしたものであり、原告スズに過失はない。
二 抗弁(二)のうち、治療費および付添費の支払額は不知、その余は認める。
第五証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
被告貫一が加害車を所有していたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば同被告は特段の事情のないかぎり加害車を自己のために運行の用に供していたものと認められるから、自賠法三条に基づき本件事故によつて生じた人的損害を賠償する責任がある。
成立に争いのない甲第二四号証の一ないし三、同第二五号証、同第二六号証の一、二、同第二七、二八号証、同第三〇号証、同第三二号証、原告昌平本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二七〇号証の一ないし三、同尋問結果によつて本件事故現場附近を撮影した写真であると認められる甲第二七一号証の一ないし二九ならびに原告スズおよび被告友幸の各本人尋問の結果を総合すると、
(一) 本件事故現場は青山通りから山王通りに南北方向に通ずる通称一ツ木通りと呼ばれている幅一〇・七三メートルの歩車道の区別のないアスフアルト舗装道路上で、現場附近では西方赤坂七丁目方面に通ずる幅四・三メートルの西行一方通行の道路と、右西行道路よりもやや南寄りの地点から東方外堀通りに通ずる幅二・四メートルの路地が交わつており、右一ツ木通りは、右通りから東方の外堀通りにかけて飲食店街を形成しており両側にも多くの商店、飲食店が並んでいるので人通りが多く、また、附近の道路は幹線道路を除くと道幅が狭くて一方通行になつているのに対し一ツ木通りは道幅が比較的広く対面交通が可能なので車両の通行も比較的多く、車両の最高速度は三〇キロメートルに規制され、道路両側には白線で区画された路側帯が設けられており、事故当時路面は乾燥しており、事故現場の南方数メートルの道路左側には小型の駐車車両があつたこと、
(二) 被告友幸は父の被告貫一が経営する鮮魚店の手伝で魚の出前をするため加害車を運転して時速三〇キロメートル前後の速度で前記一ツ木通りを青山通り方向から山王通り方向に向つて進行中に前記駐車車両のためもあつてセンターライン寄りを進行して本件事故現場附近にさしかかつたとき、道路中央附近を右から左に向つて横断中の原告スズを前方約四メートルの地点に認め、危険を感じて前輪のハンドルブレーキをかけたが、いまだ制動効果が生じないうちに加害車前部を原告スズに衝突させて原告スズを左前方約一一メートルの地点にはねとばし、加害車は約一一メートル進行して転倒することなく停止したこと、
(三) 原告スズは、前記赤坂七丁目方向に通ずる道路から一ツ木通りに出てきて右道路の南側角の菓子店の前に立ち止つて右方山王通り方向から進行してきた自動車の通過を待つた後、一ツ木通りを外堀通り側に横断しようとして本件事故に遭遇したものであること、
(四) 加害車は左ハンドルにアクセルとブレーキを付けた特別仕様の第一種原動機付自転車ホンダスーパーカブ五〇であるが、事故後本件事故によつて損傷した箇所は見当らず、また、事故現場には加害車のスリツプ痕は残つていなかつたこと、
以上の事実が認められる。なお、原告らは被告が時速七〇ないし八〇キロメートルの速度で片手運転による蛇行運転をしてセンターラインをこえた地点で原告スズをはねとばしたものであると主張し、甲第二六号証の一、二、同第三一号証、同第二五九号証、同第二六六号証、同第二六八号証、証人小林静江、同酒本次郎、同小森玲子の各証言および原告スズ、同昌平、同八重子の各本人尋問の結果中には右主張に沿う部分があるが、右供述等で述べているように時速七、八〇キロメートルの高速度で片手運転による蛇行運転をし、しかも、軽量な加害車が右のような高速度で蛇行中に人をはね約一一メートルもはねとばしているのに転倒もしていないというようなことは倒底考えられないことであるから、右原告らの主張に沿う部分は措信し難く、他に前認定を覆すに足りる証拠はない。
しかし、右認定事実によると、本件事故発生につき被告友幸に前方注視不十分のまま漫然加害車を運転していたか、脇見運転をして横断中の原告スズの発見が遅れた過失があることが明らかであるから、同被告は民法七〇九条に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
三 損害
(一) 原告スズの受傷内容、治療経過および後遺障害
弁論の全趣旨によつて成立を認め得る甲第三ないし七号証、同第一〇ないし一五号証、同第三八ないし四五号証、同第五六ないし六二号証、同第六八、六九号証、同第七二ないし七七号証、同第三〇三号証、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二六六号証、同第二七二号証の一ないし五、同号証の七、同第二七三号証の一ないし一一、同第二八七号証、同第二八九ないし二九一号証、同第二九八号証の一、二、同第三〇〇号証、同第三〇三号証、原告八重子本人尋問の結果(第一回)によつて原告スズの左上腕のレントゲン写真であると認められる甲第三五ないし三七号証ならびに原告昌平(第一、二回)、原告八重子(第一、二回)および原告スズの各本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められ、前掲証拠中後記認定に反する部分は措信し難く、他に後記認定に反する証拠はない。
原告スズは本件事故のために頭蓋骨骨折、脳震盪症、顔面挫傷、左上腕骨開放性骨折、左下腿骨骨折、左第四ないし九肋骨骨折、歯牙破折等の傷害を受け(以上は第八・九肋骨骨折および歯牙破折を除き当事者間に争いがない。)、事故後直ちに六本木外科胃腸科(以下六本木外科という。)に運ばれて同病院に入院し、入院時意識は混濁し、呼吸不整、血圧下降、シヨツク症状を呈し、全身状態は極めて不良で手術は危険であつたが、点滴補液のうえ当日左上腕骨骨折、左下腿骨骨折の整復手術を受け、手術後も大量の補液と輸血を受けた。しかし、意識混濁と呼吸障害はなお続き、受傷後三、四日して意識は正常になつたものの、その後も肺炎を併発するなどして危篤状態が続き、また、老齢のためと骨折箇所が多かつたために手術後の快復が遅れて昭和四六年八月三一日になつてから上腕および下腿のギブス固定を受け、次いで、同年九月六日脳血管撮影、脳波検査を受けた結果頭蓋骨骨折につき開頭手術をする必要はないことが判明したが、受傷部位の痛み、点滴注射、ギブス固定等による苦痛のほかに頭痛、吐き気、めまいなども加わり、さらに、排尿のために膀胱に留置カテーテルを造設したことが誘因となつて同年一〇月初旬頃から膀胱炎を併発するなどの状態が続いた。そして、同年一一月三〇日ギブスをはずし、同年一二月一三日十分な快復をみないまま退院し、その後は通院による加療を続け、翌四七年三月七日右外科に再入院して左下腿骨のブレート抜去手術を受けたが、左上腕骨については骨癒合不良のため髄内釘を抜去できないまま同月一六日退院して引続き同外科に通院し、さらに、六本木外科以外にも慶応大学病院整形外科、目白病院等にも通院したが、いずれの病院においても左上腕骨の骨折部は腰の骨を取つて移植すれば治癒は可能であるけれども原告スズの年齢・全身状態からみると右手術は無理であるとの診断であり、昭和四七年一一月現在、原告スズには整形外科的な分野では左上腕骨下中三分の一に骨折が認められ、これについては上腕骨上端より髄内釘が刺入されているが、骨折部は骨癒合の傾向はなくて仮関節を形成しており、右髄内釘は一部骨外に突出して外部から触知することができ、この部分や骨折部には圧痛があり、左肘関節は五〇度から一六〇度の可動域を示し、手関節は背屈三五度、掌屈二八度で手指の運動も正常であるが、左肩関節の運動は著しく制限されており、左下腿骨についても骨折部が変形して治癒し同部を中心に圧痛があり、足関節の運動も背屈八〇度、底屈一四〇度とやや制限されているなどの後遺障害(左第四ないし九肋骨骨折については骨癒合は良好であり著明な変形は認められない。)があり、さらに、昭和五〇年五月現在では左肩から左上肢にかけて筋萎縮が著明であり、肩上面および左上肢(下中三分の一中心)に圧痛が強く、左上肢を動かそうとすると疼痛があつて運動はほとんど不能で、著明な骨萎縮、偽関節が認められ、左上腕骨の髄内釘は骨内で可動性を示しているなどの症状があり、右のような運動機能の障害のほかに慢性膀胱炎、膀胱結石、頭痛、脳貧血発作、自律神経失調症等の症状もあり、また、前記肋骨骨折のためか上気道炎、気管支炎、肺炎にかかりやすくなつて昭和四八年一月から二月にかけては急性上気道炎から急性気管支炎、肺炎の疑いにまで進行したことがあり、その後も風邪を引くと右のような経過をたどりがちなので近くの内科医平井医師の治療を受けることが多く、さらに、昭和五〇年五月頃からは肝硬変の症状が現れ同年六月一一日から同月一九日まで東電病院、同日から同年七月一二日まで慶応大学病院内科にそれぞれ入院して治療を受け、同病院退院後もなお腹水の生成があるので自宅で安静にして療養を続けていたが、昭和五一年五月一五日肝不全による高アンモニア血症をきたして昏睡状態に陥つたので再度同病院に入院し、治療の結果危篤状態を脱して意識も回復し小康状態になつたので同年七月五日に退院したものの、その後も寝たきりの療養生活が続いており、結局、原告スズは本件受傷のため一時家人に支えられたり、松葉杖を使用するなどしてある程度歩行が可能なときもあつたが、前記運動機能の障害以外の身体症状のためほとんど就床しての療養生活で他の介助がなければ日常生活にも支障をきたす状態が続いており、特に肝硬変が悪化した昭和五〇年五月頃からは全く寝たきりの状態で背中から腰、尻にかけて褥瘡が発生し、もはや再起の見込はない。そして、前記頭痛等の症状については頭蓋骨骨折等の頭部外傷が、慢性膀胱炎、膀胱結石については前記六本木外科入院中に排尿のため長期間膀胱にカテーテルをそう入していたことが、肝硬変症については同外科で治療のために大量の輸血や投薬を受けたことが関係し、それぞれその原因ないし誘因となつているものと推定することができ、事故後の経過が長く原告スズの高齢という事情もあるので他の要因が関係している可能性は否定できず、すべてが本件事故によるものであると断定することはできないとしても、これらの症状と本件事故との因果関係は肯定せざるを得ず、また、本件受傷後の原告スズの入・通院状況は概略別表記載のとおりである。
(二) 原告スズの損害
1 治療費 二〇七万九一二六円
(イ) 六本木外科入通院治療費 一三七万六一〇〇円
前掲甲第六号証、同第六八、六九号証、同第七三ないし七七号証、同第二七三号証の一、二によれば、前認定の六本木外科入通院の治療費および診断書料として一三七万六一〇〇円を要したことが認められる。
(ロ) 慶応大学病院入通院治療費 二三万一二九二円
前掲甲第七号証、同第四一ないし四五号証、同第二七三号証の五ないし一〇、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二九六号証の二ないし八によれば前認定の慶応大学病院の入通院治療費、入院室料差額および入院時の貸ふとん代として二三万一二九二円を要したことが認められる。
(ハ) 虎の門病院通院治療費 三万〇九〇五円
前掲甲第五六、五七号証、同第六〇ないし六二号証、同第二七三号証の三によれば、前認定の虎の門病院の通院治療費として三万〇九〇五円を要したことが認められる。
(ニ) 東電病院入院治療費 六万九九九〇円
前掲甲第二七三号証の一一によれば前認定の東電病院の入院治療費として六万九九九〇円を要したことが認められる。
(ホ) 伊藤病院通院治療費 三〇三九円
前掲甲第二七三号証の四によれば、前認定の伊藤病院の通院治療費として三〇三九円を要したことが認められる。
(ヘ) 治療器購入代 一九万七〇〇〇円
弁論の全趣旨によつて成立を認め得る甲第九号証、同第二五八号証、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二七九号証、同第二八〇号証の一、二、同第二九四号証の六および原告八重子本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、原告スズは前認定のとおり左上腕骨骨折部が癒合せず、また、頭痛、自律神経失調症、肝硬変その他の内科的な疾患を併発して全身状態が悪く通院治療では思うような治療効果があがらなかつたので、骨癒合に効果があり、他の内科的疾患にも効果があるとされている治療器ヘルストロンおよびサモアナを購入して自宅で治療を続けており、これらの治療機およびその部品の購入代として一九万七〇〇〇円の出捐をしたことが認められ、右事実に前認定の原告スズの症状、治療経過と併せ考えると右出捐も本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(ト) 漢方薬代 一七万〇八〇〇円
原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二七三号証の一二ないし一四、同第二九四号証の二ないし五、同号証の七ないし九および同尋問結果によると、原告スズは前認定のとおり肝硬変が悪化した際、漢方薬の寿草および健寿散が肝硬変に有効であるということを聞き右漢方薬の服用を続けており、この薬代として合計一七万〇八〇〇円を支出したことが認められ、右事実に前認定の原告スズの症状、治療経過を併せ考えると右支出も本件事故と相当困果関係のある損害と認めるのが相当である。
2 交通費 一七万八〇三〇円
原告八重子本人尋問の結果(第一、二回)によつて成立を認め得る甲第二四三ないし二五六号証、同第二七六号証の一ないし一一、同第二八七号証、同第二九八号証の一ないし四および同尋問結果によると、原告スズの前示入通院のためのハイヤー代として合計三万六三〇〇円、タクシー代として四万円を下らない金員を支出したことが認められ、さらに、右甲第二八七号証、同第二九八号証の二および右尋問結果によると、原告スズの入院中にその親族である原告八重子、同昌平、同虎護が原告スズの付添、連絡等のために多額の交通費を支出したことが認められるが、前認定の原告スズの症状および治療経過原告ら方と病院との距離、交通機関の便等を考慮すると右のうち六本木病院入院中の一三三日については右証拠によつて一回分の平均タクシー代であると認められる二六〇円の一三三回分に相当する三万四五〇〇円、東電病院および慶応大学病院入院中の八三日については同証拠によつて一回分の平均タクシー代と認められる八一〇円の八三回分に相当する六万七二三〇円の限度で本件事故を相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
3 付添費 二一八万七五〇〇円
弁論の全趣旨によつて成立を認め得る甲第一〇七ないし二一三号証、原告八重子本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第二七五号証の一ないし八七、同第二九九号証の一ないし一一および原告八重子本人尋問の結果(第一、二回)によると、前認定のとおり原告スズは六本木外科退院後引き続き療養生活を送つており、その間左上下肢の障害のために日常生活が不自由であるのみならず内科的な疾患をも併発して付添看護ないし日常生活のための介助が必要であつたので、近親者である原告八重子が日常生活の介助ないし付添看護をしているほか原告スズの付添等のため昭和四六年一二月頃から二日に一回程度の割合で一日五時間程度主婦のアルバイトとして働いている鈴木和子および矢島久枝を交互に雇つており、その費用として昭和五一年八月末までに二〇〇万円以上を支出しており、右以降も原告スズの付添看護のために相当額の出費をしているものと認められるが、前掲証拠に成立に争いのない乙第二号証および前認定の原告の治療経過を併せ考えると原告スズは昭和四七年三月七日から同月一六日までの間は六本木外科に入院中であり、その間正規の付添看護を受けその費用は被告貫一が支払つているのに、同月は右入院前後の同年二月および三月よりも多い一七日間右鈴木および矢島を雇つていることが認められ、さらに、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二八一号証および原告八重子本人尋問の結果(第一、二回)によると原告虎護もまた高血圧症および右半身不随のため日常生活に他人の介助を要する状態にあることが認められ、これらの事実からすると右鈴木、矢島らは原告スズの付添看護のみに当つていたのではなく原告虎護の世話や原告ら方の家事一般にも従事していたものと推認されるので、右鈴木、矢島らに支払つた金額のすべてが本件事故と相当因果関係のある損害とは認め難い。そこで、以上認定の事実に前認定の原告スズの症状および治療経過を併せ考えると、原告スズに対する付添費相当の損害としては近親者の付添分と合わせて昭和四六年八月一四日以降の自宅療養日数一九八〇日につき一日当り一〇〇〇円、昭和五〇年および五一年の二回にわたる入院日数計八三日につき一日当り二五〇〇円、計二一八万七五〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
4 マツサージ費 四六万四五〇〇円
前掲甲第四号証、同第二七二号証の一、弁論の全趣旨によつて成立を認め得る甲第七八ないし一〇六号証、同第二一四ないし二四二号証、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二七四号証の一ないし六一、同第二九七号証の一ないし一二および原告八重子本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告スズは六本木外科退院時肩関節および足関節に強直症があつたので医師からマツサージ療法を指示され、その後受診した病院でも右部分のみならずほとんど寝たきりの状態にある原告スズに対しては内科的にも新陳代謝を促進し循環器の停滞を妨止する効果があるとしてマツサージ療法をすすめられたので、六本木外科退院後一週間に一回程度マツサージ師にきてもらつてマツサージ療法を受け、右治療費として昭和五一年八月までに二二万七五〇〇円を支払つたほか、前記鈴木和子がマツサージ学校に通つたことがあつてマツサージもできるので同人にもマツサージを依頼し、同人に対して一回につき一〇〇〇円の割合で合計二三万七〇〇〇円の謝礼を支払つたことが認められる。
5 医師・看護婦に対する謝礼 七万円
原告八重子本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第二七七号証の一ないし五、同号証の一九、二〇、同第二八八号証、同第二九三号証の一ないし二四、同尋問結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告スズは前認定の治療中に治療を受けた医師・マツサージ師や世話になつた看護婦等に対する謝礼のため多額の金品を贈つていることが認められるが、前認定の原告スズの症状、治療経過からすると、右のうち受傷時第一回の六本木外科への入院につき二万円、慶応大学病院への二回の入院につき各二万円、東電病院入院につき一万円、合計七万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
6 雑費 二七万五七〇〇円
前認定の原告スズの症状および治療経過からすると六本木外科入院中の一三三日につき一日当り三〇〇円、計三万九九〇〇円、昭和五〇年六月一一日から同年七月一二日までの慶応大学病院および東電病院入院中の三二日間につき一日当り五〇〇円、計一万六〇〇〇円を下らない雑費を要したものと推認され、さらに、前認定の原告スズの症状、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二九五号証の二ないし五、一一、一四ないし二〇、二六、二九、三〇ないし三三、四二、五〇、五六、同尋問結果および弁論の全趣旨を総合すると原告スズは第二回目に慶応大学病院に入院した昭和五一年五月一五日以降は大小便も失禁し寝たきりで褥瘡が生ずる程の状態であるので紙オムツ等が必要で入院中はもちろん退院後も入院中と同じような雑費を要するものと認められるので昭和五一年五月一五日から口頭弁論終結後である昭和五二年五月三〇日までの三八〇日間に本件事故と相当因果関係のある雑費として一日当り五〇〇円、計一五万円の雑費を要したものと推認される。また、原告昌平本人尋問の結果(第一回)によつて成立を認め得る甲第八号証および同尋問結果によると原告スズは六本木外科退院後起居が不自由であつたので療養のためにベツトを購入しその代金として二万九八〇〇円を支出したことが認められ、右支出も本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
7 病室改造工事費 三四万七五〇〇円
弁論の全趣旨によつて成立を認め得る甲第二八六号証および原告八重子(第一回)および原告昌平(第二回)の各本人尋問の結果によれば、原告ら方の陽当りのよい表二階の部屋を原告スズの病室にあてるため表二階の部屋の改造をし、この部屋と家中の部屋を結ぶ連絡用のベルの設置等の工事を行い、右工事費に六九万五〇〇〇円を要したことが認められるが、右証拠によると右工事費のうちには病室の改造以外の廊下や階段の設置、他の部屋の改造等の工事費も含まれていることが認められるところ、これらの工事は病室の改造に随伴して工事の必要が生じたという面があるとしても今後長期の利用による利益も考慮されるので、右工事費のうち二分の一に当る三四万七五〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
8 逸失利益 四二六万三〇〇一円
成立に争いのない甲第二八号証、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二七八号証の一ないし五および原告八重子本人尋問の結果(第一、二回)によると、原告スズは本件事故当時六五歳であり、当時原告スズ、同虎護の夫婦とその娘夫婦である原告八重子、同昌平およびその二人の子供は原告らの現住居に同居していたが、前記改造工事以前は台所が二カ所あつて、本件事故までは一応別世帯を構成していたので、原告スズは自分達夫婦の家事に従事し、その傍ら近所の人に頼まれて和裁の仕立物をして収入を得ていたことが認められる。
右事実および前認定の原告スズの受傷内容、治療経過によると、原告スズは本件事故にあわなければなお六年間は前同様家事に従事するとともに和裁によつて収入を得ることができたはずのところ、本件事故によつて労働能力を喪失したものと認められるから、事故後四年間については労働省発表の昭和四六年から四九年までの各年度毎の賃金構造基本統計調査報告第一表の六五歳以上の女子労働者の平均賃金(企業規模、学歴計)、五年目および六年目については昭和五〇年度の右調査報告第一表の平均賃金(ただし、五〇年度は六〇歳以上の平均)を基礎にホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告スズの逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると別紙計算書のとおり四二六万三〇〇一円(円未満切捨)となる。
9 慰藉料 八〇〇万円
前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害(併発した内科的疾患を含む、以下同じ。)の内容および程度、その他本件に顕れた諸般の事情(原告スズの過失の点を除く)を考慮すると、本件事故によつて原告スズが受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては八〇〇万円が相当と認められる。
なお、原告らは前記陽当りのよい表二階の部屋を原告スズの病室にあてるためそれまでその部屋を使用していた原告昌平、同八重子の家族が原告虎護、同スズ共有の賃貸アパートを使用する必要が生じ、右アパートの賃貸借契約を解約したので、右アパートの賃料相当の損害を継続して蒙つている旨主張し、原告昌平本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認め得る甲第二八五号証および同尋問結果によると、原告スズの病室が必要になつたという理由で右アパートの賃借人清水光子との賃貸借契約を昭和四八年三月三一日限りで解約していることが認められるが、原告八重子本人尋問の結果(第二回)によると原告らの家族数は原告ら四名と原告昌平、同八重子の子供二人(事故当時長男一〇歳、次男五歳)の六人であり、原告ら方の右アパートを除く居住部分には部屋が七室あつたことが認められるので、原告スズの病室に前記部屋を当てることによつて原告らの生活が多少不便になるとしてもこのために居住条件が著しく悪化するとは考えられず、したがつて、右アパートの賃貸借契約解除による賃料収入の喪失と本件事故との間に相当因果関係があるとは認められないので、これによる損害は認められない。また、原告スズは昭和五一年八月三一日現在なお一二年の余命があるとしてこの間の将来損害の請求をしているが、前認定の原告スズの症状からすると、原告スズは危篤状態を脱したとはいつてもなお現在重篤な症状にあり、今後の生存可能期間を予測することはできず、将来蒙るべき損害の額を確定することはできないので、右損害も認められない。
(三) 原告虎護、同昌平、同八重子の慰藉料 各一〇〇万円
原告昌平、同八重子の各本人尋問の結果(いずれも第一、二回)によると、原告虎護は原告スズの夫、原告八重子は原告スズ、同虎護の唯一人の子であり、原告昌平は原告八重子の夫で、昭和三四年一〇月四日結婚して以来前記のとおり一応世帯を別にしていたものの同じ建物に住み親子として家族的な生活を送つていたことが認められるところ、右各尋問結果と前認定の原告スズの受傷内容、治療経過、後遺障害の内容および程度を併せ考えると、原告スズの受傷によつて原告らが受けた精神的苦痛は原告スズを失つた場合に比肩し得るものであると認められるから、原告らに対し(原告昌平については民法七一一条所定の親族に準じるものとして)慰藉料請求権を肯定するのが相当であり、その額は原告スズの受傷内容、治療経過、後遺障害、その他本件に顕れた諸般の事情(原告スズの過失の点を除く)を考慮すると、右原告らに対し各一〇〇万円と認めるのが相当である。
四 過失相殺
前認定の本件事故発生状況によると、本件事故発生については原告スズにも左方に対する安全確認不十分のまま道路を横断した過失があると認められるから、右過失を斟酌し本件事故による原告らの損害額から一割を減じた額をもつて原告らの賠償を求め得べき額とするのが相当である。
ところで、原告スズが自賠責保険から二〇二万円を受領していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一ないし二六号証によると被告らは原告スズの六本木外科入院中の治療費一三三万六七七〇円と同外科入院中の付添費三三万〇八二一円を支払つていることが認められ、弁論の全趣旨によると右付添費は原告スズの請求外の損害であると認められるから、原告スズの本件事故による総損害は前項の損害額に右付添費三三万〇八二一円を加えた一八一九万六一七八円となり、これから一割を減じた一六三七万六五六〇円が原告スズの賠償を求め得べき額であり、これから右既払額合計四四五万〇四九一円を控除すると残額は一一九二万六〇六九円となる。
五 弁護士費用 九八万円
弁論の全趣旨によると原告らは原告訴訟代理人に本訴の追行を委任し、相当額の費用および報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の内容、審理の経過および認容額に照らすと原告らが本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は原告スズに対し八〇万円、その余の原告らに対し六万円と認めるのが相当である。
六 結論
そうすると、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告スズにおいて一二七二万六〇六九円、その余の原告らにおいて各九六万円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四六年八月一三日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 笠井昇)
治療状況一覧表
<省略>
計算書
<1> (37,000円×12+82,200円)×0.9523=501,100円
<2> (43,300円×12+102,200円)×0.9090=565,216円
<3> (45,400円×12+96,400円)×0.8695=557,523円
<4> (62,200円×12+151,800円)×0.8333=748,470円
<5> (81,700円×12+224,400円)×(5.1336-3.5643)=1,890,692円
<1>+<2>+<3>+<4>+<5>=4,263,001円